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北方領土05
北方領土04
北方領土とは、どこからどこまででしょう。

日本政府は
「択捉(えとろふ)島」「国後(くなしり)島」「色丹(しこたん)島」「歯舞(はぼまい)群島」
の4島の返還を求めていますが、
得撫(うるっぷ)島から占守(しゅむしゅ)島までの千島列島と、樺太の南半分も日本の領土として
主張するべきなのです。

これらの領土は、大東亜戦争の終結間際に旧ソ連軍によって侵略されました。
旧ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄しただけでなく、9月2日の降伏調印式のあとまで侵攻を続けた結果、現在まで不法占拠を続けているのです。

北方領土の変遷 要点】
●江戸幕府と帝政ロシアのあいだで、日露和心条約は結ばれ、択捉島と得撫島の間が国境に定まる

●1875年の「千島樺太交換条約」によって、両国民の雑居地域から、
 千島列島=日本領・樺太=ロシア領となる

●1905年、日露戦争の勝利により樺太の南半分が割譲される(ポーツマス条約)

●1945年、終戦間際の8月9日、日ソ中立条約を破ってソ連が侵攻開始。
 8月15日以降も侵攻を続け、南樺太と千島列島を占領した(歯舞群島は降伏調印式の翌日)

●サンフランシスコ講和条約の締結時、日本は南樺太と千島列島を放棄したが、
 北方4島については日本領であると主張。現在も日本政府は4島返還を求めている。


旧ソ連=現ロシアは、一方的な条約破棄・シベリア抑留・不法占拠という国際法違反を重ねてなお、
北方領土の実効支配を続けています。
しかし北方4島だけでなく千島列島も南樺太も、私たちの祖先が勝ち取った正当な日本の領土です。
それを不当に奪ったロシアの行為に対して、毅然とした態度で臨むべきではないでしょうか。
すべての北方領土を日本に取り戻しましょう!
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